日記を書いていて、こんな瞬間はないだろうか。
「なんか今日の文章、いつもと違う」
「これは日記というより、エッセイっぽいかも」
特別うまく書こうとしたわけでもないのに、
なぜか文章の質が変わってしまう。
このとき、書き手の中では
ある“切り替わり”が起きている。
きっかけは「伝えたい」が生まれた瞬間
日記とエッセイの違いを分ける最大のポイントは、
書く理由にある。
日記は、
・自分のため
・感情の整理のため
・吐き出すため
一方でエッセイは、
・誰かに伝えたい
・共有したい
・分かってほしい
という意識が入ってくる。
日記を書いている途中で、
「これ、誰かに読ませたいな」
と思った瞬間、文章は自然と変わり始める。
ここが、最初の分岐点だ。
感情が「そのまま」から「説明」に変わる
日記を書いているときの感情は、
まだ名前がついていない。
・なんかモヤっとする
・理由は分からない
・うまく言えない
この状態のまま書いているうちは、
文章は日記であり続ける。
ところが、
「読まれる」ことを意識し始めると、
・つまり〇〇だった
・要するに△△ということ
・原因は□□だと思う
と、感情を説明し始める。
この瞬間、
感情は“体験”から“情報”へ変わる。
ここで文章は、
日記からエッセイに一歩近づく。
余白が減り、構成が生まれる
日記は、
途中で終わっていい。
話が飛んでいい。
オチがなくていい。
でもエッセイになると、
自然と構成が意識され始める。
・導入はどうするか
・どこで話を広げるか
・どう締めるか
こうした編集が入り、
文章は「読まれる形」に整えられていく。
結果として、
読みやすくはなるが、
日記特有の生っぽさは少しずつ薄れていく。
書き手自身も、少し安心し始める
実は、
日記がエッセイに変わるとき、
書き手は少し安心している。
感情を整理し、
言葉に意味を与え、
「分かった気」になるからだ。
日記は不安定で、
感情がむき出しになる。
エッセイは、
感情を一段落させてくれる。
だから人は、
無意識にエッセイ側へ逃げることもある。
どちらが良い、という話ではない
ここで大事なのは、
日記とエッセイに優劣はない、ということ。
・吐き出したい日は日記
・共有したい日はエッセイ
目的が違えば、
文章の形が変わるのは当然だ。
問題になるのは、
日記を書きたいのに、無意識にエッセイを書いてしまうこと。
そうなると、
書いているのにスッキリしない、
という状態になりやすい。
境界線を知っていると、書くのが楽になる
「今、自分はどっちを書いているのか」
これを自覚しているだけで、
文章との付き合い方はずっと楽になる。
・今日は自分のため
・今日は誰かのため
そう決めてから書くだけで、
迷いが減る。
日記とエッセイは、
対立するものではなく、
行き来していいものだ。
まとめ:日記がエッセイに変わるのは自然なこと
日記がエッセイに変わる瞬間に起きているのは、
- 誰かを意識し始める
- 感情を説明し始める
- 構成と編集が入る
この3つ。
それに気づけるようになると、
書くことはもっと自由になる。
下手でもいい日もある。
整えたい日もある。
どちらを選んでもいい。
ただ、その違いを知っているかどうか。
それだけで、
文章はちゃんと自分のものになる。

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