作家の日記、有名人の日記、匿名の個人ブログ。
日記を読んでいると、なぜか強く心に残ることがあります。
物語のような盛り上がりがあるわけでもなく、
人生が劇的に変わる話が書いてあるわけでもない。
それなのに、読み終わったあと、
少し胸の奥がざわついたり、静かになったりする。
この感覚はどこから来るのでしょうか。
鍵になるのが、「読む側と書く側の距離感」です。
日記は「近すぎる文章」だから響く
日記は、本来、誰かに読まれる前提で書かれていません。
・気持ちが整理できていない
・言葉選びが雑
・感情がむき出しになっている
だからこそ、読む側は
「本来、見なくていいものを覗いている」感覚を覚えます。
この近さが、日記特有のエモさを生みます。
ただし、近すぎるからこそ、
読む側には注意が必要になります。
他人の日記は「理解しようとしすぎない」
日記を読むときにやりがちなのが、
書き手の感情を完全に理解しようとすることです。
・なぜこの人はこう感じたのか
・本当は何を言いたいのか
・どういう結末だったのか
でも、日記はそもそも途中の感情です。
書いた本人ですら、
そのときの気持ちを整理できていない場合が多い。
だから、日記は
「分かろうとする」より
「そのまま受け取る」くらいがちょうどいい。
分からない部分が残ること自体が、
日記の正解でもあります。
共感しすぎない、踏み込みすぎない
日記はリアルな感情が書かれている分、
読む側が強く共感しすぎてしまうことがあります。
・まるで自分のことのように感じる
・勝手に感情移入して苦しくなる
・相手の人生を背負ってしまう
ここで大切なのは、
日記は「その人の一部」でしかないという意識です。
書かれているのは、
ある一日の、ある一瞬の感情。
人生のすべてではありません。
少し引いた位置から読むことで、
日記は「重たいもの」ではなく
「静かに寄り添う文章」になります。
日記は「評価しない読み物」
小説やエッセイと違って、
日記には完成度を求める必要がありません。
・文章がうまいか
・考えが正しいか
・結論があるか
そうした視点で読むと、
日記の良さは一気に消えてしまいます。
日記は、
評価するものではなく、
通り過ぎる感情を眺めるもの。
「今日はこういう日だったんだな」
それだけで十分です。
なぜ日記は、読む側の心も整えるのか
他人の日記を読むと、
自分の感情にも名前がつくことがあります。
・自分も同じことで悩んでいた
・同じような不安を抱えていた
・同じように何もできなかった日があった
それに気づくだけで、
感情は少しだけ軽くなります。
解決しなくていい。
前向きにならなくていい。
「こういう日があってもいい」と思えること。
それが、日記を読む最大の効用かもしれません。
まとめ:日記は「少し離れて読む」くらいがいい
他人の日記を読むときは、
・理解しようとしすぎない
・感情に踏み込みすぎない
・評価しない
この3つを意識すると、
日記はとても心地よい読み物になります。
日記は、
人生を教えるものでも、
答えをくれるものでもありません。
ただ、
「人はこんなふうに考えることがある」
それを静かに教えてくれるだけです。
その距離感こそが、
日記をエモく、優しい文学にしているのだと思います。

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