一穂ミチ『ツミデミック』――罪と弱さに向き合う6つの物語〜パンデミックの傷跡〜

一穂ミチさんの短編集 『ツミデミック』 は、人が抱える「罪」や「弱さ」を描いた6編からなる作品集です。
タイトルの“ツミデミック”が示すように、「罪」が社会や人間関係の中で広がっていく様を、鋭くも繊細に描き出しています。

収録作品とあらすじ

「違う鳥の羽」

大学を中退し夜の街で働く優斗は、関西弁の女性に声をかけられます。飲みながら話すうち、彼女が中学生の頃に死んだ同級生だと気づき始めて……。
👉 過去の記憶と現在が交錯する、不思議で切ない邂逅の物語。

「ロマンス☆」

4歳の娘と歩いていた百合は、フードデリバリーの青年に心を奪われます。もう一度会いたい気持ちから、夫に隠れて何度も注文を繰り返し……。
👉 日常の小さな揺らぎが、家庭を揺さぶるスリリングな一篇。

「憐光」

気づけば15年前に亡くなったはずの唯。親友や恩師の姿を追いかけるうち、あの日の災害にまつわる真実が明らかになっていきます。
👉 災害と死、そして残された者の心を描く、鎮魂の物語。

「特別縁故者」

コロナ禍で無職になった恭一は、息子が老人からもらった旧一万円札をきっかけに、その家を訪ねることに。そこで見えてきたのは……。
👉 貧困と欲望、そして人間の倫理が問われる一篇。

「祝福の歌」

高校生の娘の妊娠に悩む父・達郎。母から「隣家の様子がおかしい」と相談され訪れると、そこには不穏な真実が隠されていました。
👉 家族の問題と隣人の秘密が交錯する、心を抉る物語。

「さざなみドライブ」

SNSで集まった5人の共通点は「パンデミックで人生を壊された」こと。自殺を試みる車内で、彼らはそれぞれの理由を語り始めます。
👉 孤独と絶望の果てに見える、人の本質を描いた衝撃作。

「さざなみドライブ」パンデミックが奪ったものと、人が生きる意味

『ツミデミック』の中でも印象に残る短編「さざなみドライブ」は、読者に強い衝撃を与える物語です。
テーマはずばり、「パンデミックと自死」。2020年以降、現実に多くの人々の生活が変わり、居場所や仕事、人間関係を失った人がいたことを思い出させます。

あらすじのおさらい

Twitterで知り合った5人は、年齢も性別も違う、まったくの他人同士。
ただひとつ共通しているのは、**「パンデミックによって人生を壊された」**という経験でした。

彼らは「一緒に死のう」と約束し、車に乗り込み山奥へ向かいます。
道中、ひとりずつ「なぜ死にたくなったのか」を語り始め、それぞれの絶望が少しずつ明らかになっていきます。


語られる“絶望”

5人が背負っている事情はさまざまです。

  • 仕事を失い、生活の基盤を奪われた者
  • 家族関係が壊れてしまった者
  • 孤独やネット上での中傷に追い込まれた者

パンデミックが引き金となり、それまで見えなかった“弱さ”や“ほころび”が一気に噴き出しているのです。


テーマの深掘り

  1. パンデミックの「見えない犠牲」
    医療や感染のニュースに隠れて語られにくかったのが、人々の心や生活の崩壊。
    「さざなみドライブ」は、その痛みを小説という形で可視化しています。
  2. 人はなぜ死を望むのか?
    自殺を選ぶ動機は単純ではなく、積み重なった孤独や無力感の果てにあります。
    一穂ミチは決して断罪せず、彼らの声を静かに拾い上げています。
  3. 他人と“死”を共有する矛盾
    「一緒に死ぬ」ことを選ぶ彼らですが、その過程で互いの存在に救われるような瞬間もあります。
    ここにこそ、本作の最大の皮肉と人間的な温かさが同居しています。

読後感

「さざなみドライブ」は決して明るい物語ではありません。
しかし、読み終えた後に残るのは、ただの絶望ではなく、“人が人を理解することの意味” です。

パンデミックという現実の延長線上にありながら、
「自分もまた彼らと同じ状況に立つかもしれない」という共感や、
「それでも生きる意味を探したい」という祈りのような感覚が残ります。

テーマと読後感

『ツミデミック』に共通するのは、

  • 社会の影の部分(災害・パンデミック・貧困)
  • 家族や人間関係に潜む不条理
  • 「罪」とは何かを問うまなざし

です。

罪や絶望を描きながらも、一穂ミチさんらしい温かみと、登場人物の小さな希望を見逃さない眼差しが光っています。
読後には重さが残りつつも、「人はなぜ生きるのか」を考えさせられる一冊です。

まとめ

一穂ミチ『ツミデミック』は、

  • 「罪」というテーマを多面的に掘り下げた短編集
  • 現代社会を映し出すリアルな物語
  • 読者の心に問いを投げかける6つのドラマ

が収められた濃厚な作品です。

人間の弱さや矛盾を真正面から描きながらも、どこかに光を探そうとする姿勢が感じられ、心を揺さぶられます。
重いテーマを読みたい方、社会派小説に関心がある方に特におすすめです。

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