「図書館」と「お夜食」。一見すると関係なさそうなふたつを結びつける舞台が描かれるのが、原田ひ香さんの小説 『図書館のお夜食』 です。
舞台は、夜の時間帯だけ開く特別な図書館。そこに集う人々の人生や心の揺らぎを描きながら、「本を読むことの意味」や「生き方の選択」に光を当てていきます。
あらすじ
主人公・樋口乙葉は、東北の書店に勤めていたものの仕事がうまくいかず、辞めようかと悩んでいました。そんなとき、SNSで目にした求人に導かれ、東京郊外にある「夜の図書館」で働くことになります。
この図書館は、普通の図書館とは違い、開館時間が 夕方7時から深夜0時まで。しかも館内には亡くなった作家の蔵書が集められており、まるで 本の博物館 のような空間でした。
夜という時間帯に訪れる利用者は、一人ひとりがどこか特別な事情や想いを抱えています。乙葉はそこで働く中で、図書館に来る人々と触れ合い、本やお夜食を通じて自分自身の人生とも向き合っていくのです。
テーマ
『図書館のお夜食』には、いくつかの大きなテーマがあります。
- 「居場所」を探す人々の姿
→ 夜だけ開く図書館は、昼間には行きづらい人たちの拠り所になっています。そして図書館で働くスタッフにとっても... - 本が持つ力
→ 作家が残した本は、利用者やスタッフの心に静かに語りかけます。 - 食と人のつながり
→ ふるまわれる「お夜食」が、利用者同士や乙葉の心を少しずつ解きほぐしていきます。

読後感
華やかなドラマはなくても、ページを閉じたあとに残るのは やさしい余韻とあたたかさ。
働くことに迷ったり、自分の居場所を見失ったりしたときに、心に寄り添ってくれるような物語です。
作中に登場する“お夜食”の魅力
『図書館のお夜食』には、亡くなった作家の蔵書が集められているという設定にふさわしく、文学作品や作家ゆかりの料理 が登場します。これが読者にとって大きな魅力のひとつとなっています。
「しろばんば」のカレー
井上靖の自伝的小説『しろばんば』に登場するカレー。
シンプルで懐かしい味わいは、子ども時代の記憶や家族の食卓を思い出させ、読者に郷愁を呼び起こします。
「ままや」の人参ご飯
戦後の食堂「ままや」で出されていた人参ご飯。
粗末ながらも温かみのある料理は、生きることの逞しさや、食べる喜びを象徴しています。
「赤毛のアン」のパンとバタときゅうり
L.M.モンゴメリの『赤毛のアン』に登場する素朴な食べ物。
異国の物語でありながら、誰もが「食べてみたい」と憧れる魅力を持ち、乙葉たちの図書館の場面にユーモアと夢を添えます。
田辺聖子の鰯のたいたんとおからのたいたん
庶民的で家庭的な料理を愛した田辺聖子。
彼女の作品や人柄を思わせる温かい一品で、食の記憶が人生の記憶そのものとつながっていることを示します。
「たいたん」の特徴
- 「炊く(たく)」という言葉が訛って「たいたん」になったもの。
- 関西では「炊く」は「ご飯を炊く」だけでなく、「野菜を煮る」「煮物を作る」という意味でも使われます。
- つまり「鰯のたいたん」は 鰯を煮付けた料理、「おからのたいたん」は おからの煮物 を指します。
イメージすると…
- 「鰯のたいたん」 → 鰯を生姜や醤油、砂糖で煮付けたもの。
- 「おからのたいたん」 → おからを人参や椎茸、油揚げなどと一緒に甘辛く煮含めた家庭料理。
どちらも 素朴で家庭的な味 が特徴で、田辺聖子の作品世界とも重なりますね。
森瑤子の缶詰料理
都会的で自由な感性を持った森瑤子の好んだ料理。
缶詰を使ったレシピは、工夫や創造性を感じさせ、食の楽しさを広げてくれます。
本と料理が交差する楽しみ
これらの“お夜食”は、ただの食事ではなく、本と人の記憶をつなぐ媒介 になっています。
「この料理が出てくる本をもう一度読んでみたい」「自分でも作って味わってみたい」と思わせる仕掛けが、読者にとって大きな魅力です。
図書館で過ごす時間が、本を読む体験から「食べる体験」へと広がり、心と体の両方を満たしてくれる。
それが『図書館のお夜食』の特別さなのです。
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