なぜ今「日記を公開する人」が増えているのか──SNSでもブログでもない、ちょうどいい居場所

ここ数年、
・NOTE
・ブログ
・X(旧Twitter)の長文投稿
などで「日記」を公開する人が明らかに増えています。

しかもそれは、
有名人や作家だけでなく、ごく普通の人たち。

なぜ今、あえて日記を「公開」する人が増えているのでしょうか。


理由① SNSが“疲れる場所”になった

まず大きいのが、SNS疲れです。

SNSではどうしても
・反応を気にする
・炎上を避ける
・正しさを求められる
・ポジティブでいなければならない

こうした無意識の緊張が生まれます。

一方、日記は本来
・結論がなくていい
・オチがなくていい
・役に立たなくていい

だからこそ、
「評価されない場所」として日記が選ばれています。

公開はしているけど、
バズらなくてもいい。
いいねが少なくてもいい。

この気楽さが、今の時代に合っています。


理由②「弱音を書ける場所」が減った

現代は、
前向きであること
成長していること
頑張っていること
が強く求められがちです。

でも、人はそんなにずっと強くいられません。

・今日は何もできなかった
・理由もなく気分が落ちた
・自分が嫌になった

こうした感情は、
SNSには書きにくい。

日記は、
そういう弱さをそのまま置いておける場所です。

しかも、
「誰か一人に向けて」ではなく
「世界にそっと置いておく」感じ。

それがちょうどいい。


理由③ 共感ではなく「存在確認」がほしい

公開日記を書く人の多くは、
強い共感や承認を求めていません。

「わかる!」と言ってほしいわけでも、
励ましてほしいわけでもない。

ただ、

今日、こういう気持ちで生きていた人がいた

それがどこかに残ること。

誰かに強く受け取られなくても、
存在したことが消えない

この感覚が、
日記を公開する動機になっています。


理由④ コンテンツより「記録」が価値を持つ時代

昔のブログは
「役に立つ情報」
「ノウハウ」
が中心でした。

でも今は、
・完成されていない考え
・途中の感情
・何気ない一日

そうしたものに価値が生まれています。

理由はシンプルで、
みんな疲れているから

完璧な文章より、
整っていない日記のほうが、
安心できる。

それが今の空気です。


理由⑤ 「自分のために書いていい」と気づいた

昔は、
公開=誰かのため
という意識が強かった。

でも今は、
「自分のために書いたものを、結果的に公開している」
という感覚の人が増えています。

日記を書くことで、

・気持ちが整理される
・考えが言葉になる
・自分の変化が見える

その副産物として、
誰かが読んでくれる。

主役はあくまで書き手自身

この価値観の変化は、とても大きいです。


公開日記は「静かな共有」

日記を公開する行為は、
主張でも、発信でもありません。

むしろ、

「今日はこういう日だった」
と、そっと置いていく行為。

読む側も、
深く踏み込まず、
評価もせず、
ただ通り過ぎる。

この静かな共有こそが、
今の時代に求められているコミュニケーションなのかもしれません。


まとめ:日記は“声を張らなくていい表現”

日記を公開する人が増えている理由は、

・SNSに疲れた
・弱音を書きたくなった
・評価されたくなくなった
・自分の記録を残したくなった

そのすべてが重なった結果です。

日記は、
声を張らなくていい。
結論を出さなくていい。
正しくなくていい。

だからこそ今、
多くの人が日記に戻ってきているのだと思います。

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