どこまでが日記で、どこからがエッセイなのか──その境界線は、意外とシンプル

日記を書いていると、ふとこんな疑問が浮かぶ。

「これ、もう日記じゃなくてエッセイじゃない?」
「人に読ませる前提で書いたら、日記じゃないのか?」

実はこの境界、
文章のうまさや長さでは決まらない。

ポイントは、どこに視線を置いて書いているかだ。


日記は「内側に向かう文章」

日記の基本は、とてもシンプル。

  • 自分のために書いている
  • 気持ちの整理が目的
  • 読まれるかどうかは二の次

つまり、視線が自分の内側に向いている。

・なぜモヤっとしたのか
・何が引っかかっているのか
・自分は今どういう状態なのか

答えが出なくてもいいし、
うまく言えなくてもいい。

書くこと自体が、思考や感情の途中経過になる。
これが日記。


エッセイは「外側に向かう文章」

一方、エッセイはどうか。

  • 読者がはっきり存在する
  • 伝えたいテーマがある
  • 読後感を意識している

視線は外側、つまり読む人に向いている。

・何を持ち帰ってもらうか
・どう感じてほしいか
・どう締めるか

こうした編集が自然と入る。

エッセイは、
「自分の体験を素材にした文章」だけど、
最終的には読者のための文章だ。


境界線は「編集が入った瞬間」

日記とエッセイの分かれ目は、ここ。

感情を書いているか、感情を説明しているか。

たとえば、

  • 「今日はなんかずっと落ち着かなかった」
    → 日記
  • 「今日は将来への不安から、気持ちが不安定だった」
    → エッセイ寄り

後者は、読み手に分かるように
一段階整理されている。

この「分かりやすくしよう」という編集が入った瞬間、
文章は日記からエッセイへ近づく。


どちらが正しい、という話ではない

ここで大事なのは、
日記とエッセイに優劣はない、ということ。

  • 日記は、未整理でいい
  • エッセイは、整理されていていい

問題になるのは、
日記を書いているつもりなのに、無意識にエッセイを書いてしまうこと

そうなると、

・本音が薄まる
・感情が丸くなる
・書いてもスッキリしない

という状態になりやすい。


公開していても、日記は日記

よくある誤解が、

「公開したら日記じゃない」

これは違う。

NOTEに載せても、ブログに載せても、
書いている意識が自分に向いていれば日記だ。

逆に、
非公開でも、
読者を想定して構成を組んでいればエッセイになる。

公開・非公開は、境界線ではない。


日記とエッセイの行き来は、自然なこと

書き続けていると、
日記がエッセイに変わる瞬間は必ず来る。

それは成長でもあるし、変化でもある。

ただ、
「今日はどっちを書いているのか」
を自分で分かっていることが大事。

  • 吐き出したいなら日記
  • 共有したいならエッセイ

目的が違えば、書き方が違って当然。


まとめ:境界線は「誰のために書いているか」

日記とエッセイの違いは、

  • 上手さでも
  • 長さでも
  • 公開かどうかでもない

誰のために書いているか、それだけ。

自分のためなら日記。
誰かに渡すつもりならエッセイ。

どちらもあっていいし、
混ざってもいい。

ただ、
自分が今どちらを書いているのか分かっていると、
文章はずっと楽になる。

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